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東京地下鉄丸ノ内線

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丸ノ内線(まるのうちせん)は、東京地下鉄(東京メトロ)が運営する鉄道路線。東京都豊島区の池袋駅~杉並区の荻窪駅間を結ぶ本線と、中野区の中野坂上駅~杉並区の方南町駅間を結ぶ分岐線(通称:方南町支線)から構成される。正式名称は4号線丸ノ内線および4号線丸ノ内線分岐線である。なお、新宿~荻窪間と中野坂上~方南町間は開業当時は荻窪線と呼ばれていた。

路線名の由来は、東京駅付近の地名である丸の内から1970年の町名変更により千代田区の「丸ノ内」は「丸の内」と表記されるようになったが、地下鉄線の表記はそれ以降も「丸ノ内線」のまま変更されていないため、しばしば混同される。

車体および路線図や乗り換え案内で使用されるラインカラーは「レッド」(赤)25px|丸ノ内線である。方南町支線の車両には誤乗車防止のため帯に「ブラック」(黒)が付加されている。路線記号は本線がM、方南町支線がm

路線データ


  • 路線距離(営業キロ):
    • 本線:池袋駅~荻窪駅間 24.2km
    • 分岐線:中野坂上駅~方南町駅間 3.2km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:28駅(本線25駅(起終点駅含む)・支線3駅(中野坂上駅を除く))
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線(直流600V第三軌条方式)
  • 閉塞方式:速度制御式(東京メトロ新CS-ATC)
  • 最高速度:75km/h
  • 車両基地:中野検車区、小石川検車区
  • 地上区間:茗荷谷・後楽園・御茶ノ水・四ツ谷の各駅付近
  • 全駅・全車両に定位置停止装置(TASC)を設置。

概要


本線は池袋駅から東京駅、新宿駅まで山手線の内側をU字型に走行し、新宿からはそのまま直線的に荻窪駅まで走るルートをとる。支線は、本線の中野坂上駅から分岐し、方南町駅まで至る。この支線の途中には車両基地があり、本線の列車も入出庫のため走行する。使用車両は本線が02系6両編成(車両基地への入出庫列車のみ支線も走行)、支線が同3両編成。

他路線との直通運転は行われていない。
ただし赤坂見附駅の国会議事堂駅側に銀座線との渡り線があり、同線車両の点検整備のために中野工場へ回送される列車が通る。過去には同線車両による隅田川花火大会(「花火ライナー」、荻窪発浅草行)などのイベント臨時列車運行時に利用されることがあった。

銀座線と同様に第三軌条集電方式を採用している。
このため、駅進入部にデッドセクションが存在するが、丸ノ内線では02系以前の時代から車両間に高圧引き通し線を追加することで、駅到着時の室内灯の消灯を防止した引き通し線を追加したのは途中からで、それ以前は駅進入時などに消灯した。
なお、丸ノ内線の建設以降は郊外各線との直通を行うため架空線式で建設されたため、東京では最後の第三軌条方式の採用となった

茗荷谷~後楽園間、御茶ノ水~淡路町間の神田川橋梁、四ツ谷駅と地上区間がこまめに存在することも特徴の一つである。

歴史


1925年(大正14年)3月30日に内務省が告示した東京都市計画高速度交通機関路線網の5路線のうちの第4号線新宿~四谷見附~日比谷~築地~蠣殻町~御徒町~本郷三丁目~竹早町~大塚間20.0kmに位置付けられたルートを前身とする路線である。

1942年(昭和17年)6月に赤坂見附~四谷見附(弁慶濠)間1.2kmの建設に着手したが、太平洋戦争の戦局悪化により1944年6月に工事中止となっていた。その後1946年(昭和21年)12月7日に従来の計画を改訂した「東京復興都市計画高速鉄道網」が告示され、この時の第4号線は中野区富士見町~新宿~四谷~赤坂見附~永田町~日比谷~東京~神田~御茶ノ水~本郷三丁目~富坂町~池袋~豊島区向原町の22.1kmである。

1949年(昭和24年)12月12日、営団は第4号線のうち池袋~神田間7.7kmの建設を決定し、1951年(昭和26年)3月30日、池袋駅東口で起工式が開催された。

1953年(昭和28年)11月4日には、国鉄神田駅付近を経由することが予算的、工期的、技術的に困難なことが明らかとなり、大手町を経由するルートへの変更を告示する(東京~御茶ノ水間は中央快速線によって結ばれている)。

1962年(昭和37年)の都市交通審議会答申第6号において、東京4号線「荻窪および方南町の各方面より中野坂上、新宿、赤坂見附、西銀座(現・銀座駅)、春日町、池袋および向原(小竹向原駅)の各方面を経て成増方面に至る路線」として示された。その後、1968年(昭和43年)の同答申第10号では、終点が成増から池袋へと短縮され、池袋以西は8号線として分離された。

このうち、最初に開業した池袋~御茶ノ水間は営団地下鉄(現・東京地下鉄)銀座線、大阪市営地下鉄御堂筋線・四つ橋線に次ぐ日本4番目の地下鉄として開業した。その後、丸の内経由で新宿方面へ順次延伸され、1959年までに全通、さらに丸ノ内線の延長線として荻窪線が建設され、1962年までに全線開業し、同線の車庫(中野検車区)への回送線も兼ねた方南町支線が建設され、同年に全通、1972年に荻窪線を丸ノ内線に編入して現在の路線網を形成した。

1995年3月20日に霞ケ関駅などで発生した無差別テロ事件「地下鉄サリン事件」の現場となった路線の一つであり、多数の死傷者を出している。

1990年代後半に荻窪から朝霞方面への延伸に関する陳情が都議会で出されていたが、結局消滅した。

年表


  • 1954年(昭和29年)1月20日 - 池袋~御茶ノ水間(6.4km)開業。
  • 1956年(昭和31年)3月20日 - 御茶ノ水~淡路町間(0.8km)開業。
  • 1956年(昭和31年)7月20日 - 淡路町~東京間(1.4km)開業。
  • 1957年(昭和32年)12月15日 - 東京~西銀座(銀座)間(1.1km)開業。
  • 1958年(昭和33年)10月15日 - 西銀座(銀座)~霞ケ関間 (1.1km)開業。
  • 1959年(昭和34年)3月15日 - 霞ケ関~新宿間(5.8km)開業、丸ノ内線全線開通。
  • 1961年(昭和36年)2月8日 - 荻窪線新宿~新中野間(3.0km)・中野坂上~中野富士見町間(1.9km)開業。
  • 1961年(昭和36年)11月1日 - 新中野~南阿佐ヶ谷間(3.1km)開業。
  • 1962年(昭和37年)1月23日 - 南阿佐ケ谷~荻窪間(1.5km)開業。
  • 1962年(昭和37年)3月23日 - 中野富士見町~方南町間(1.3km)開業、荻窪線全線開通。
  • 1964年(昭和39年)8月29日 - 西銀座駅を銀座駅に改称(日比谷線霞ケ関~東銀座間開通により銀座線銀座駅と合わせて総合駅化)。
  • 1964年(昭和39年)9月18日 - 東高円寺駅開業(新高円寺~新中野間)。
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - 荻窪線を丸ノ内線に名称統一。
  • 1988年(昭和63年)10月17日 - 02系営業運転開始。
  • 1993年(平成5年)4月1日 - 02系の1編成に広告貸切列車「U-LINER」運転開始(2005年9月運行終了)。
  • 1995年(平成7年)2月 - 本線から500形車両が引退。分岐線のみ旧形車が残る。
  • 1995年(平成7年)3月20日 - 地下鉄サリン事件発生。
  • 1996年(平成8年)5月28日 - 西新宿駅開業(中野坂上~新宿間)。
  • 1996年(平成8年)7月18日 - 方南支線において500形車両の営業運転を終了。丸ノ内線から旧形車が全廃された。7月20日にはさよなら運転が行われた。
  • 1998年(平成10年)3月7日 - 全線でCS-ATC化を実施。池袋~荻窪間を2分短縮。
  • 2003年(平成15年)冬 開業50周年を記念して500形などで採用されていた赤い塗装を02系1編成(第50編成)にラッピング。車内および車体の広告はロッテ「ガーナチョコレート」で、車内自動放送開始時にはテーマソングをオルゴールの音色で流していた。翌2004年1月24日に臨時列車に運用され、その後翌2月25日から通常ダイヤに組み込んで運転したが、民営化と同時に運転を終了した。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 帝都高速度交通営団の民営化により東京地下鉄(東京メトロ)に承継。
  • 2004年(平成16年)5月8日 - 中野坂上~方南町間にホームドア、中野新橋と中野富士見町の2駅に可動ステップを設置。
  • 2004年(平成16年)7月31日 - 中野坂上~方南町間においてワンマン運転開始(中野坂上~方南町間を運転する3両編成列車のみ)。
  • 2005年(平成17年)3月 本線6両編成・ワンマン対応改造車運転開始。
  • 2005年(平成17年)9月 ホームドア設置のための工事の影響で霞ケ関・四ツ谷・新高円寺の各駅で停車位置を変更。
  • 2006年(平成18年)4月28日 - 池袋~荻窪間の各駅でホームドア設置工事開始。ホームドアは6月から翌2007年9月まで各駅に順次設置。
  • 2008年(平成20年) - 池袋~荻窪間(本線)にてワンマン運転を開始し、全線ワンマン運転となる予定(変更の可能性あり)。

運行形態


山手線の新宿~池袋間が開いたU字型の路線のため、山手線内部での比較的短距離の流動が多く、これに沿ったダイヤになっている。

池袋~荻窪間


平日:朝1分50秒間隔(日本一の高密度運転間隔)、日中4分間隔、夕方2分15秒間隔

池袋~荻窪間の通し運転と、池袋~新宿間折り返し運転を基本とする(日中は荻窪行2:新宿行1)。朝夕と深夜には車両基地への入出庫のため池袋~方南町支線中野富士見町間の列車や茗荷谷・後楽園・中野坂上始発・終着の列車が存在する。

車両は02系の本線用6両編成を使用する。

中野坂上~方南町間


平日:朝4~5分間隔、日中6~9分間隔、夕方4~6分間隔

基本は中野坂上~方南町間折り返し運転。このほか、朝夕と深夜に池袋~中野富士見町間列車、朝に中野富士見町→方南町間列車、1往復のみ荻窪~中野富士見町間列車(早朝は荻窪着、終電は中野富士見町着。ともに中野坂上駅で方向転換を行う)がある。

車両は基本的に02系のうち支線専用の3両編成が使われるが、本線から中野富士見町との間を直通する列車は本線の車両が直通運行を行う。

朝のラッシュ


相互乗り入れ路線が無いのにも関わらず、列車が6両編成と比較的短いこともあり混雑を極めている。ホームが狭いためにホームの階段で立ち往生する乗客もいる。特に赤坂見附駅でのかけこみ乗車は問題視されていた時期もある。

ホームドアの設置


2007年度中の全駅設置に向けて、荻窪~中野坂上~池袋間(以下:本線と記す)の各駅でホームドアの設置が進められている。

ホームドアは今後本線でワンマン運転を計画しているためと思われるが、東京地下鉄では本線へのホームドア設置について「乗客の安全性向上のため」との公的見解を示しているのみであり、ホームドア設置工事に関してのポスターにも「旅客の安全のために…」と記載されており、ワンマン化に関するアナウンスは同年12月現在ではなされていない。よって、本線に関してはワンマン化されない可能性も残っている。なお、ホームドア設置当初は車掌が柵の線路側にあるボタンの操作によりホームドアの開閉を行っており(ホームドアを開けた後車両のドア開放 閉扉時は逆順)、案内放送に「ホームドアを使用しています。」を加えている。2006年6月の荻窪駅と南阿佐ヶ谷駅を皮切りに、翌2007年9月までに本線全25駅に順次設置され、設置された駅から順次稼動を開始している(ただし銀座駅と御茶ノ水駅は車両とホームの隙間を調整する工事のため、2008年3月頃まで稼動休止。御茶ノ水駅も一度は稼動していた)。2007年12月1日より、ホームドアが稼動していない御茶ノ水・銀座の2駅以外の本線各駅で、車両ドアとホームドアが連動して開閉するようになり、車掌は開閉時ドアスイッチのみを操作している。

また、発車の際は駅の柱にある発車ブザーを使わずに車両に備えてある乗車促進放送を使って発車の合図としている。ただし、茗荷谷駅と後楽園駅では発車ブザー操作スイッチを柵の線路側に移設したため、これらの駅では現行通りの発車ブザーを使用しているほか、池袋駅、本郷三丁目駅、赤坂見附駅、新宿駅、中野坂上駅においても発車ブザー操作スイッチを柵の線路側に移設しているが、こちらは混雑時に使用することがある。

ホームドアの色は、本線はドアが赤と白で、柵は地下駅は茶色・地上駅は白、分岐線はドアが赤で、柵は白である。

全駅にホームドアが設置された後も接近放送は「危ないですから、白線の内側に下がってお待ち下さい。」のままとなっている。

02系についても、運転台・自動放送のワンマン運転対応化が完了したほか、現在は運転台上部への到着・発車モニターの設置を順次進めている。

車両


現在の車両


  • 02系

過去の車両


  • 300形
  • 400形
  • 500形
  • 900形
  • 100形(方南町支線専用)
  • 2000形(同上)

駅一覧



駅所在地はすべて東京都内。

本線

  • 都営浅草線とは乗り換え駅がないが、銀座駅と東銀座駅を結ぶ地下通路(およそ450~500m)を使うことで、乗り継ぎ割引は適用されないが乗り換えそのものは比較的容易にできる。
  • 千代田線、南北線、都営大江戸線とは異名駅を含めて乗り換え駅が4つずつ存在するが、乗り換えに時間がかかる駅が多い。

分岐線

丸ノ内線が登場する作品


音楽


  • 『地下鉄にのって』:吉田拓郎が楽曲を提供してフォークグループの猫が歌っている。
  • 『西銀座駅前』(銀座駅丸ノ内線ホームの旧称):フランク永井が歌った。
  • 『丸の内サディスティック』:椎名林檎の曲。1999年発売のアルバム「無罪モラトリアム」に収録。

テレビドラマ


  • 『クロサギ』:TBS系で放送された。主人公の住むアパートの外観シーンのロケは小石川検車区近くにあるアパートを用いている。このため、丸ノ内線の車両が車庫に停まっている様子がドラマ中に何度も登場する。

映画


  • 『007は二度死ぬ』:公安調査庁のボスの移動手段がこの路線の専用車両になっている(自家用地下鉄と言う設定)。
  • 『地下鉄(メトロ)に乗って』:丸ノ内線の開業当時などを再現している。ただし、その当時使用されていた300形~500形はすでに廃車され、撮影時には日本での営業車両は存在しない(ブエノスアイレス地下鉄へ譲渡されたほか、日本国内にも保存車両が何両かある)ため、東西線用の5000系アルミ車(現在は廃車)の車体全面にラッピングを施して再現している。
  • 『婚期』(監督:吉村公三郎、大映)

付記


接近放送は、2000年代初頭に液晶式の発車標をLED式に更新した時に他の路線が「まもなく、○番線に…」で始まるのに対し、丸ノ内線は更新後も引き続き「お待たせ致しました。○番線に…」で始まっている。

脚注


関連項目


  • 日本の鉄道路線一覧

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』